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面白かった本・良さが分からなかった本

最近読んだ本で、良かった本と自分に合わなかった本。

<良かった本>
自由の条件I ハイエク
 個人の知識の限界、人間や情報の不完全性を前提として議論を組み立てるハイエクの主張は、自分には共感できる部分が多い。自分も経験論者、反合理主義、自由主義者なのかもしれない。

経済学の宇宙 岩井克人
 経済学者の先生の自伝だが、学問的に付き合ってきた人が大物ばかりであり、学問の歴史も分かるような構造になっている。文章が綺麗で、かつとても読みやすく、引き込まれる。

人生談義 エピクテートス
 古代ギリシアのストア哲学者エピクテトスの言葉を集めたもの。自分の権内にあるものと無いものを区別し、権内にあるものに集中せよとの教えは、最近ブームになっているアドラーにも通じるものと思う。自己啓発本を読むよりこっちの本を読んだ方がいいと思う。

純粋理性批判 カント
 最後の最後でちゃぶ台をひっくり返すような議論をするので驚愕するが、現象と物自体を二元論的に見て、物そのものについて真理に到達することはできない、という理論は面白い。たぶん人間の全歴史の中で5本の指に入る哲学者だと思うが、自分の頭が追い付かず、途中、議論がわけわからなくなったので、読破するには根気が必要。ただし、途中を我慢すれば、最初と最後は読みやすい。それから、まえがきはカントの真摯な性格がにじみでていてとても素敵。

地球の履歴書 大河内直彦
 ストーリーの展開の仕方が素晴らしい。地球誕生から、海、火山、と少しずつテーマがシフトして地球の成り立ちを語る。こういう専門家が自分のような一般人に理解できる本を書いていただけるのは本当にありがたい。なぜ海がしょっぱいのか、今更ながら分かった。

幸福論 アラン
 幸福論といえば、他にもヒルティ、ラッセルが有名。ヒルティが宗教的、ラッセルが科学的であることに比べると、アランはエッセイ風で軽い。3人の中では一番肌に合った。訳が素敵。一番好きな翻訳箇所は、『「また雨かなんということだ、ちくしょう!」と言ったところで何の役にも立つまい。そう言ったところで、雨のしずくや、雲や、風が変わることはまったくないのだ。どうせいうなら、「ああ!結構なおしめりだ!」と、なぜ言わないのか。』という部分。次の箇所も良い。『「乳を吸う時のこの熱狂的歓喜は、生理的な意味において、この世にあるすべての熱狂的歓喜の最初の手本であり、ほんとうの手本である。』

人性論 ヒューム
 訳が悪いのか、自分の頭が悪いのか分からないが、論理が全く意味不明で、途中本を投げつけたくなったが、全体を俯瞰してみれば、理性の限界、共感の重要性、自由意志、正義の本質、認識論、現象学の元になる思想等が含まれていて、これをアダムスミスやカントに先駆けて、しかも25歳で書いたというのは、自分には到底理解の及ばないほどの天才であった人なのだと思う。

<現時点では、その良さが分からなかった本>
正義論 ロールズ
 アリストテレスからつながる正義の観念を、現代政治学で議論の遡上に乗せたという意味で極めて重要な本と思うが、自分にとっては最後まで違和感だらけの本だった。議論の前提を、実証分析でなく常識的な一般感覚なるものに委ねすぎていて、ひとたび反論しようと思えば、簡単に論破できるように見えてしまう。ロールズは冒頭で、本書はロック・ルソー・カントらの社会契約論を一般化したものである、と言っている。自分の感覚に全く合わなかったので、やはり自分は性格的にはリバタリアンなのかもしれない。第一章の翻訳は素晴らしかったが、途中から急に読みにくくなってくる。

民族とナショナリズム ゲルナー
 訳が悪いのか、自分の頭が悪いのか、抽象的で読みにくい。ゲルナーは民族について、道具主義、つまり自然発生的なものではなく、近代社会になってから国家が教育等を通じて作ったものである、との見方をしているが、これも自分の感覚に合わなかった。その意味では、ナショナリズム論の古典である、アンダーソンの想像の共同体も、自分の感覚に合わなかった。

政治学 アリストテレス
 「ニコマコス倫理学」とか、プラトンの「国家」は訳が素晴らしいし、内容も分かりやすいのに、本書は、個人的には訳が悪くて非常に読みにくかった。本筋とは関係ないが、これだけ緻密に論理を組み立てて、あるべき政体を述べているのに、結論としては奴隷制容認であり、時代が持つ限界を感じる。
 

 

面白かった本

この1年で読んだ本の中で面白かった10冊。

1.自省録 マルクス・アウレリウス
  恐らく今後も見直す機会があると思う。プラトンの哲人政治の思想を、歴史上唯一体現した人であり、ストア派の実践者の記録。日記のようなメモなので、内容がオーガナイズされているわけではないが、それだけになおさらアウレリウスの苦悩と熱い魂が伝わってくる。名言多数。神谷美恵子氏の翻訳も素晴らしい。同じ日記ということで、自分がずっと昔に書いたブログを見返したところ、下ネタばかり書いてあり、アウレリウスとのあまりの徳の違いに愕然とする。

”君が心を傾けるべきもっとも手近な座右の銘のうちに、つぎの二つのものを用意するがよい。その一つは、事物は魂に触れることなく外側に静かに立っており、わずらわしいのはただ内心の主観からくるものにすぎないということ。もう一つは、すべて君の見るところのものは瞬く間に変化して存在しなくなるであろうということ。”

”君の頭の鋭さは人が感心しうるほどのものではない。よろしい。しかし「私は生まれつきそんな才能を持ち合せていない」と君がいうわけにいかないものがほかに沢山ある。それを発揮せよ、なぜならそれはみな君次第なのだから、たとえば誠実、謹厳、忍苦、享楽的でないこと、運命にたいして呟かぬこと、寡欲、親切、自由、単純、真面目、高邁な精神。今すでに君がどれだけ沢山の徳を発揮しうるかを自覚しないのか。こういう徳に関しては生まれつきそういう能力を持っていないとか、適していないとかいい逃れするわけにはいかないのだ。”

”「なんて私は運が悪いんだろう、こんな目にあうとは!」 否、その反対だ、むしろ「なんて私は運がいいのだろう。なぜならばこんなことに出会っても、私はなお悲しみもせず、現在におしつぶされもせず、未来を恐れもしていない」である。”

2.デモクラシーの理想と現実 マッキンダー
  著者はハートランドの理論で有名な地政学者(地理学者)であるが、これまでの歴史を踏まえ、いかに地政学的な要素が国の興隆に関わってきたかを論理的に述べる。学者的で筋の通った切れのある文章で進むが、同時に政治家的でもある。ヨーロッパと遊牧民族の長い争いや、アラビア半島の地政学的重要性などについて、この本を読んで非常に得るところがあった。

3.君たちはどう生きるか 吉野源三郎
  おそらく、本書は中高生向けとして書かれた本だと思うが、大学3-4年生とか1-2年目の社会人が読むと非常に得るものがあるのではないかと邪推する。久しぶりに本を読んで泣けた。小説という形で、人としてどう生きるかを非常に誠実に書いた名作。

4.道徳感情論 アダム・スミス
  アダムスミスは経済学の祖として「国富論」がよく知られているが、本書では、人間を非常に深く考察している。スミスの議論の出発点は、人間には「共感」の感情が備わっており、善悪の感情があり、これは哲学に教えられることがなくとも、世間(市場)で適用されるというもの。人間は自分が一番大事であるという本能があるにも関わらず、処罰されないように憤りを抑えるような行動をするし、利己的でありながら利他的な行動を優先する。それは気高さとか、卓越性への愛、といった、自己愛を超える感情に由来する。このようなスミスの人間に対する深い洞察が、「神の見えざる手」で有名な市場原理の考えを体系化したということが非常によく理解できた。

5.古事記 太安万侶
  712年に書かれた日本最古の歴史書で、前から読もうと思っていたところようやく読むことができた。小学館の出版は、原文、訓読分、翻訳、解説とそろって読めるところがとても良い。恥ずかしながら、古事記がすべて漢文(変体漢文といった方が適切か)で書かれていることを初めて知った。硬い内容と思っていたが、読み物としてかなり面白い。天照大神が天の岩屋に隠れた、という話は有名だが、その理由も書いてある。スサノオノミコトが天が原(天の世界)で大暴れして、馬を逆さにして落として、それを見て驚いた女性が、自分の陰部を刺して死んだ。それを見て恐ろしくなって、天の岩屋に隠れたとのことだ。こんなものを国家的書物として取り扱っていたのだから、笑える。

6.昭和史 半藤一利
  戦争は、今の世代は直接体験することはできないが、どんな出来事があり、人々はどんな感情でその場にいたのか、ということを勉強する努力は怠るべきではないと思う。本書は、著者の若干の価値観は入っているが、基本的には様々なソースを用いて事実を忠実に伝えており、また語り口調が非常に分かりやすくて面白い。

7.種の起源 チャールズ・ダーウィン
  超有名だが、本書を読んだことがある人は意外と少ないのではないかと予想する。実際、種の起源は学術書というよりは、一般の人でもわかるようにとの目的で書かれたものであったので、比較的読みやすい。本書で非常に勉強になったのは、分かっていること分かっていないことをしっかりと峻別する態度、そして、膨大な実験や自分の経験から、一部推論に頼りつつも、感情に惑わされず客観的かつ論理的に結論を導いているところだ。キリスト教的な創造説批判への強い意志と、確固たる自説への自信が伺える。レベルの違いを見せつけられる。

8.生物学的文明論 本川達雄
  生態系・環境問題について論じる本でもあるが、自分として印象に残ったのは、「生き物は円柱形。」ということと、「ゾウとネズミの寿命は違うが、死ぬまでの累計心拍数は同じ。」ということだ。著者は、「生き物は円柱形」という名曲を生み出しており、面白すぎる。今年聴いた中で、間違いなく一番笑った楽曲。

9.西洋音楽史 岡田曉夫
  これまで読んだ中で、最も面白いクラシック入門本だった。グレゴリオ聖歌からの長い西洋音楽史の概略が分かる。自分は音楽はまったくの素人だが、ベートーベン、ブラームス、マーラーらへんの形而上学的な姿勢を見ると、やっぱり音楽は芸術なんだな、と感じる。

10.本の使い方 出口治明
  著者は自分が尊敬している方なのでバイアスも入っているだろうが、これまで読んだ読書論系の本の中では最も腑に落ちた。数字・ファクト・ロジックの重要性が書いてある。読書とはこの人のように読みたいものだ、と思った。この本を読んで以降、間違いなく古典を読む量が増えた。

人工知能と翻訳技術の未来

以下はおそらくtoeflとは何の関係もないし、単なる素人考えの頭の整理である。
文献等で確認もしておらず、頭の中で考えただけなので、正しいかも保証できない。

最近、新聞を読んでいると、毎日のように「人工知能」の記事が出てくる。
人工知能の宝庫といえば、インターネットだ。
Googleが設立された1998年、お世辞にもグーグルの検索機能は優れたものではなかった。
自分もグーグルの検索力がひどいので、検索時はYahooを使っていた。
しかし、最近のグーグルの検索力は本当にすごい。15年前との違いは本当に驚くばかりで、最近、インターネットを始めた人は、この違いを知らないわけで、ある意味かわいそうとも思う。

こうした技術の鍵となっているのが、「ディープラーニング」と呼ばれる人工知能分野で起こったブレイクスルーだ。
自分の理解では、これまでのプログラミングは、Aを入力したらBと回答する、といったパターンを一つ一つ起こしていた。一方、ディープラーニングでは、A,B,C,D,といったさまざまな回答を元に、おおまかな概念を構築し、その概念を元にして回答を作り出す。これは人間の思考にとても似ていると思う。例えば、形がおかしくても、これはリンゴだ、と理解できるのは、これまでたくさんのリンゴを見てきて、リンゴという概念を自分が持っているからであり、これと同様のことを機械がしている、と理解している。画像認識なんかはディープラーニングを活用しているに違いない。

そして、人工知能が発達すれば、当然、英語も簡単に翻訳ができるようになるはずだから、英語を学ぶ必要はないんじゃ?という発想が出てくる。
自分もこれは一面、正しいと思う。

松尾豊さんの「人工知能は人間を超えるか」(2015)によれば、機械翻訳というのは、人工知能の中では非常に難易度が高い技術のようだ。
理由は、たとえば「He saw a woman in the garden with a telescope.」という文があったときに、前置詞の関係性が一意に定まらず、主客の関係が機械で判断しにくい。そのため、庭にいたのが女性ではなく「彼」だと機械が解釈してしまう。こういう問題が無数の文で起こる。だから機械翻訳は難しい、とのことだ。

それでも本書では機械翻訳が実用レベルに達する年を2025年頃と予測している。つまり、今年生まれた子供は、もはや時間をかけて英語や中国語を学校で学ぶ必要はなくなっているかもしれない。。

自分の予想では、機械翻訳の実用レベル化の難易度を見たとき、英語はかなり難しい部類に入る。もっといえば、インド・ヨーロッパ語族の諸言語の中では、まず最初に古代ギリシア語が実用レベルに達し、ラテン語→フランス・イタリア語→英語、の順に実用レベルに達するのではないか、と予想する。

なぜか。
まず、ラテン語は、ギリシャ語と古代トスカナの言語の混合物だ。
フランス語はラテン語と古代フランク語との複合言語、イタリア語はラテン語と古代ロンバルディア人の言語との複合言語だ。
そして、英語はフランス語と古代サクソン人の言語の合成物だ。

言語はどのように進化していったか、ということを考えるうえで、鍵は「構文は複雑化」「格変化は単純化」にあると思っている。

つまり、自分の理解では、昔の人の言葉というのは、前置詞や形容詞があまり使われなかった。
前置詞というのは、物と物の関係性を表す言葉だから、抽象度が高い。これは、かなりの抽象化・一般化能力がないと生み出せなかったはずだ。
言葉が生まれるときは、おそらく直接目にすることができ、簡単に表せる名詞や動詞が先にできたと思われる。
もっといえば、KenとかTomとかはすぐにできただろうが、IとかHeとかは一般化されているので、もっと後にできただろう。
要するに、言語は具体化→一般化の順番にできていったと考えるのが自然だ。
前置詞の「of」なんて、めちゃくちゃ抽象度が高く、当時相当頭が良い人間でないと概念を理解できなかったのではなかろうか。

古代ギリシア語やラテン語でも、今の英語であれば、助動詞などを使って表現していたのを一語で表現していたりする。
アダムスミスの「道徳感情論」によれば、
ローマ人が一言でamavissem[私は愛していたはずだ]と表現していたものを、イギリス人は四つの異なった単語を用いて、I should have loved[私は愛していたはずだ]と表現している、とのことだ。

古代ギリシア人の言葉は、名詞や動詞の格変化が多いので、単語が非常にややこしくなる。
しかし、それとは引き換えに、前置詞のような抽象・一般化の言葉が少ないので、例えば、語順がバラバラでも、意味が同じだったりする。先の例でいえば、「He saw a woman in the garden with a telescope.」のHeとWomanの位置を逆にしても、古代ギリシア語では、同じ意味になった、ということが予想される。

これは、機械翻訳との関係でいえば、大きなメリットだと思う。順番が変わっても、格変化の言葉さえわかれば、意味を導き出せるからだ。だから、インドヨーロッパ系の言語に限って言えば、ギリシア語・ラテン語など昔からある「格変化が複雑で、構文が単純」な言語の方が、英語などの「格変化が単純・構文が複雑」である相対的に新しい言語よりも、翻訳しやすいと思う。

佐藤優さんは、よく、ビジネスパーソンの教養として、ギリシア語とラテン語は必須、と言っているし、確かに個人的にもギリシア語は最低限単語くらいは覚えることは意義があると考える。(自分の場合、数学の用語や学名等が、ギリシア語・ラテン語を使っているから、という理由くらいしか思い浮かばないが)

しかし、上記の予想が確かならば、古代ギリシア語を読めるレベルにまで達する必要はないだろう。
予想では、最も早く機械翻訳が実用レベルに達する言語は、古代ギリシア語である。
英語の翻訳がビジネスレベルで実用化したとき、それは、すべてのインドヨーロッパ諸言語が実用レベルに達した時なのではないだろうか。
ロシア語とかはよく知らないが。

英語を学ぶことの効用②(原典の確認)

自分が英語を勉強してよかったと思うことの一つに、「原典に直接当たることへのストレスの軽減」がある。

いまでも、英語は苦手意識を強く持っているものの、英語を勉強してから、文献・ウェブ・本などで英文を読むストレスが格段に軽減された。

この利点は、つまるところ、「ある情報について、自分の頭でその情報の価値を判断できる」ことであろうと思う。

例えば、最近、日本の多くの新聞(例えば読売新聞)で、

「日本の健康寿命(健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間)が、188か国中、1位だった」

という記事が出ている。

これ自体は喜ばしいことだ。どの記事も書いていることは同じで主な論点は、

・出典が、Lancet(ランセット)という英国で著名な医学雑誌であること

・日本の2014年の健康寿命は、男性71・11歳、女性75・56歳で、男女ともトップだったこと

のようだ。基本的にはプラスのことしか書いていない。

しかし、試しに健康寿命を英語で検索しても、ほとんどそのようなニュース(日本が世界一だったこと)は出てこない。つまり、世界的には、日本が世界一であることはそれほど大きな話題にはなっていないようだ。

ここで、Lancetのサイトにアクセスすると、原典(※)の全文が見られる。原文は40数ページの論文で、論文の最初のページにあるサマリーには、特に日本のことは言及されていない。188か国の健康状態を統一した方法で調査し、1990年から2013年までの間に、世界的に平均寿命や健康寿命が延びていることがわかった、という喜ばしい記載は書かれている。(世界の平均寿命は、13年で6.2年(65.3歳→71.5歳)、健康寿命は5.4歳(56.9歳→62.3歳)も増加しているとのことだ。)

しかし、サマリーの部分を読んでいて、自分が気になったのは、むしろ次の部分だった。

. In most country-specific estimates, the increase in life expectancy was greater than that in HALE(注:健康寿命のこと).

つまり、ほとんどの国では、平均寿命の伸びの方が健康寿命の伸びよりも大きい。

日本はどうだったか。原データを見る。男女とも、1990年から2013年まで平均寿命も健康寿命も延びた。しかし、平均寿命の伸びの方が健康寿命の伸びよりも約1年長い。これは、言い換えれば、日常生活が制限されるような健康状態の悪化が生じてから、死ぬまでの期間が1990年当時より1年伸びたことを意味する。

健康寿命自体が伸びているのだから、それでも望ましい、という意見もあるだろう。

しかし、本来的には、平均寿命の伸びを健康寿命の伸びが上回ることが、真に自立した幸福な生活といえるだろう。寿命は伸びたが、健康でなく苦しみ続けて生活する期間が長くなったとすれば、けっこう辛い。このように考えていけば、以上の情報は、必ずしも喜ばしい一面だけでなく、世界的に解決していかなければならない課題を浮き彫りにしているともいえる。(もちろん、その前に「健康寿命」とは何か、どのように調査するのか、という点についても確認することは必要と言えるが)

こうしたことは、新聞のベタ記事を読んでいるだけでは自分の問題意識として持つことができないし、たぶん英語を勉強していなければ、そもそもランセットの記事を読んでみる気も起きなかったに違いない。

以上は単なる一例で、原典が英語のものは、すべて同じように、直接原典を確認し、自分の頭で情報を理解することができる。この点、英語を勉強することの一つの利点である気がする。

※ Christopher J L Murray (2015) Global, regional, and national disability-adjusted life years (DALYs) for 306 diseases and injuries and healthy life expectancy (HALE) for 188 countries, 1990–2013: quantifying the epidemiological transition

Ripple 

Ripple。一般的には、仮想通貨の一つとして知られる。Rippleには半年以上前から注目をしているが、知れば知るほど奥深いシステムと感じる。

自分なりに整理した中では、Rippleは仮想通貨と呼ぶべきものではなく、「決済プロトコル」であり、その目的は、世界中のあらゆる「価値」を交換する、ということにあるのだと思う。Rippleの世界の中では、円とドルの交換はもちろん、円と航空マイル、レアルと金など、様々な価値が交換されることを目指している。そしてそこには、株式のように仲裁者が存在しない。高度なアルゴリズムの中で、世界中に存在するあらゆる価値媒体が、瞬時に価格決定されP2P(個人間)で取引され、自由に出し入れすることができる、ということだ。

今はまだ機能していないが、将来的には、留学する者は、銀行を経由した海外送金ではなく、Rippleを使った海外送金をするようになるのでないか。

半年以上前の時点で200以上の仮想通貨があったと思うが、Rippleは他の仮想通貨と一線を画していると思う。よくビットコインと比較されることがあるが、仕組みが違う以上に、目的の違いが大きいように感じる。

通常の仮想通貨は、仮想通貨それ自体に価値を見出すが、Rippleはあくまで決済システムの仲介者として仮想通貨を存在させるので、Rippleの通貨単位であるXRP自体を普及させるという考えはないようだ。

その点では、極めて現実主義的で、悪く言えば、破壊的なものがないのかもしれないが、マイニングがいらない点や、取引時間の短さ、Rippleが作られた趣旨を踏まえると、ビットコインより格段に好感が持てる。

グローバル化はあらゆるものの見方を一変させたが、グローバル化の象徴としてもふさわしいと思う。

ビットコインのように、既存の通貨に代わる新たな通貨を作る、というものではない。むしろ、銀行がRippleの決済プロトコルを採用することにより、国民(特にグローバルで活動する人間)の利便性が相当程度高くなる。日本の大手銀行がRippleを採用することは困難とは思うが、仮に新興のベンチャー金融機関があれば、Rippleを採用することは、自らのビジネスチャンスを広げることにもなるのではないかと思う。

Rippleは海外で出稼ぎで働いている人にも非常に便益がある。皮肉にも、冨山和彦の言うG型人材、そして海外に出稼ぎに行くどちらかといえばL型の人材、の両方に、メリットがある。

日本でも、東京JPY発行所のような、ある程度信頼を置けそうな取引所がようやく整備されてきた。

Rippleを使う人がもっと増えて、更に普及することを願う。

英語を学ぶことの効用(くだらない話)

英語を勉強しようと考えたのは、①ビジネスの世界で生きていく際に、英語ができないと不利なのではないか、というひどく受動的な理由と、②情報技術が発達すれば、必然的に日本人しか使わない日本語で得られる情報と世界10億人以上が使う英語で得られる情報には差が生じるので、人生におけるアウトプットでも差が出るのではないか、という漫然とした不安、③日本は好きだけど、英語ができる方がなんとなく楽しそうでかっこいいという、欧米崇拝思想又は和魂洋才思想があったためだった。

そこから数年たち、世界における日本の立ち位置がほんの少し分かりかけてくると、これらの思いは一定程度真実だったという思いが強くなった。

特に、自分が生産側ではなく、消費側に立った場合、分かりやすい。つまり、ここからがくだらない話になるのだが、自分が一人で家にいる時に、英語ができる方が色々楽しいことができるということだ。

例えば、音楽を聴く場合。昔は、テレビやラジオで知ったアーティストについて、TSUTAYAやリバティーに行ってCDを借りるというのが平均的スタイルだった。それが、WinMX等のP2Pネットワークで音楽をダウンロードする形になり、今は、Youtubeでアーティストの動画を見るか、iTunesで音楽を買う、というのが一般的スタイルだろう。しかし、Spotifyはこれを凌駕する。洋楽であれば、過去から最新まで、無料で聞き放題だ。もはや音楽にお金を払う必要もないビジネスモデルができている。(日本のアーティストの数は少ないが、海外展開しているL’Arc-en-Ciel、宇多田ヒカル等のアーティストの曲は、聞き放題である。)

例えば、映画を見る場合。昔は、テレビで見るか、レンタルショップで借りるというのが普通だったろう。数年前からは、TSUTAYAディスカスといって、月額一定の料金を払えば、自宅にDVDが届く、というサービスが始まった。しかし、今は、Netflixがある。月額10ドル弱払えば、こちらも見放題だ。

例えば、Bitcoinをはじめとする仮想通貨。日本では、Mt.Goxの破綻が歪められて報道されたこともあり、慎重な声が大きいが、これほど完成度の高い海外送金システムはやはり革命的だと思うし、特に、金融業界への影響や小規模ビジネスにとってのビジネスチャンスを考えれば、将来が本当に楽しみな仕組みでもある。そして、本来の目的とは違うしリスクも大きいが、投資対象としても、株よりも大きな博打ができる魅力がある。

これらのサービスは、現在では日本では使えない(注:TunnelbearなどのVPNアプリケーションを用いれば、日本でも使える)又は日本にいること自体が不利になるシステムになっている。もし、自分が英語を読むことに抵抗があるままだったら、これらのサービスに興味を持つことはなかっただろう(「音楽がすごく好き!」「映画がすごく好き!」という人でなければ、基本的に英語で書いてあるサイトはスルーするものだ)。しかし、少なくともインターネットを通じて、英語さえできれば自分の生活を楽しくすることができる様々なイノベーションが生まれている。あくまで消費者側であり、自分が何かを生み出しているわけではないが、こうしたサービスに触れるだけでも、英語を学んで良かったと思う。逆に、日本はやはりこういうサービスでは後塵を拝している。世界を見ると、どんどん取り残されているのではないか、と不安になる。

まあ、いずれ、翻訳機能がものすごく優れて、英語を読むくらい誰でもできるようになるので勉強など不要なのだ、と堂々と言うのも、それはそれで一理あるかもしれない。しかし、翻訳を介した瞬間に二次情報になるので、その発想は少し逃げているように見える。また、本当にデキるビジネスマンは、自分が英語を使えるようになることに時間を割くのではなく、英語ができる人間を使えるようになることに時間を割くのだ、という考えもある。それも一理あると思うけれど、そういう人は是非、社長になってください。

世界の経営学者はいま何を考えているのか

学問とは、掛谷氏の著作(2005)によれば、「予測する力を持つ体系的知識、およびその知識を得るための研究方法」とのことだが、MBA(経営学)も学問である以上、経営という媒体を通して未来を予測する体系的知識を供給する。(といっても、社会科学なので、完全な予測を行うのは困難であり、生じうる可能性を確率モデルとして議論するということなのだと思う。)

表題の本書は、欧米に留学し、MBAを「学問」として学びたいと考えている人にとっては、読んで損はないのではないかと思う。
MBAを「学問」として学ぼうとする人はそれほど多くない(というか、それはビジネスマンが求める本来的なMBAの価値とは異なる)と思うが、個人的には、何かを根詰めて勉強する機会が得られるのであれば、学問として学びたい。

________(以下、本書からのメモ)_____________
・経営学は社会科学になることを目指している。ドラッカーの言葉は科学的に構築・検証されたものではないので、「真理に近くない」可能性がある。「企業経営の真理」を探究することを重視してるアメリカの経営学者とは違う。

・経営学とは、つきつめていえば人間・あるいは人間の集団の意思決定を分析することにほかならない。

・マクロ分野の経営学は主に3つのディシプリンから構成されている。
 ①経済学ディシプリン(産業組織や組織の経済学に基礎。マイケル・ポーター)
 ②認知心理学ディシプリン(人や組織は情報を処理する能力がなく、それが組織の行動にも影響を及ぼしているという考え方。ハーバードサイモンが代表。)
 ③社会学ディシプリン(人と人、組織と組織がどのように社会的に相互作用するかが研究されている)

・ポーターの競争戦略は「ポジショニング」。ライバルとの競争を避けるための戦略。しかし、近年は競争優位は持続的でなくなっており、ハイパーコンペティションが存在。

・組織の記憶力を高めるには、「トランザクティブ・メモリー」が大事。(誰が何を知っているか。商社は得意)

・イノベーションの本質は知と知の組み合わせから新しい知を産み出すこと。「知の探索」と「知の深化」。企業組織は本質的に知の深化に傾斜しがちで知の探索をなおざりにしやすい。(コンピテンシー・トラップ) 

・弱い結びつき(ただの知り合い)のネットワークの方が、効率的に多様な情報や知識を得られる。
 ツイッターは他のSNSと比べて、「弱い結びつき」の性質を持っている。

・世界の経営学が直面している課題。
 ① 研究者への理論の偏重が、経営理論の乱立化を引き起こしている
 ② おもしろい理論への偏重が、重要な経営の事実法則を分析することを妨げている
 ③ 平均にもとづく統計手法では、独創的な経営手法で成功している企業を分析できない可能性がある